田崎さんの『統計力学』について、こんなレスを見つける。
田崎さんは
「系がマクロになると、許される状態のほとんど全てがほとんど区別できない」
を公理にして「マクロな系が平衡状態に緩和する」を導出してたが、
そこで暗に等重率の原理のようなものを使っている気がするんだけど・・
「あれ、田崎さんの本に緩和なんてブッ飛んだこと書いてあったっけ?」と思って久しぶりにIの方を開いてみる……確かに書いてあるな。
考えてみても、この指摘の本質は全く正しいように思う。筆者は平衡状態について
平衡状態についての基本的な仮定:ある系での(熱力学でいうところの)平衡状態の様々な性質は,対応する「許される量子状態」の中の「典型的な状態」が共通にもっている性質に他ならない。
(田崎晴明『統計力学I』培風館 初版p85)
と特徴づけているが、これに基づき非平衡からの緩和を
次に平衡状態への緩和の問題を考えよう。(中略)こういった非平衡状態も,エネルギーがほぼUである限りは,やはり「許される量子状態」の中に含まれている(脚注:このような非平衡状態に対応するのは,ほとんどの場合,エネルギー固有状態ではなく,複数のエネルギー固有状態の重ね合わせになると考えられる)。しかし,これは典型的な状態ではあり得ないから,ごく少数の例外的な状態の一つである。(中略)そこから出発して,系が時間発展したとき,特別な事情がないかぎりは,系の状態はごくごく小さな例外的な領域から外に出て,典型的な領域に入っていくと期待される(脚注:例外的な状態を作るには,複数のエネルギー固有状態を絶妙の係数をかけて足し合わせる必要があると考えられる。系がシュレディンガー方程式に従って時間発展すると,各々のエネルギー固有状態の位相が変化し,絶妙の重ね合わせは失われていくはずだ。)。
(引用元同上pp86-87、強調はこのサイトの筆者)
と議論している。「期待される」「はずだ」ってのは、あくまで仮定だ。もちろん、実験事実と照合することで正当化されている仮定ではあるけど、著者がこの前に置いている唯一の統計力学的仮定(もう一つ仮定があるが、それは前述の「平衡状態についての基本的な仮定」であくまで平衡系に限った話)
マクロな系の基本的性質:マクロな量子系では,ある平衡状態に対応する「許される量子状態」のほとんど全てが(マクロな物理量の測定値で比較されるかぎり)ほとんど区別できない。
(引用元同上p85)
から導かれるものでは、全くないように思える。
この「マクロな系の基本的性質」は、これを認めることで等重率の原理がエルゴード仮説を仮定することなく自然に導入され、それに立脚して統計力学の議論を進めることができたという点で、(著者はこの様な論理展開は明文化されているにせよいないにせよ真新しいことではないとしているが、少なくともはっきり第一原理として明文化したことについては)この書籍の極めて非凡なところだと思う。しかし、これによって説明されるのは、理論の中に「時間」という変数が全く入ってこない平衡統計力学だけであって、それを平衡統計力学の範疇外である緩和の説明にも使おうとしたのは、ちょっと勇み足ではなかろうか。
「例外的な量子状態」から出発して時間発展したときに、未来永劫「例外」に留まりつづけるかもしれないし(「許される量子状態」全体の空間から「例外的な量子状態」全体の部分空間を抜き出したとき、その部分空間は時間発展に対して不変かもしれない!)、そこまでしなくても、「典型的な量子状態」から出発した時より極めて高頻度に「例外的な量子状態」を訪れ続けるかもしれない。こういう事態を防ぐためには、新たな仮定
「任意の(あるいは、「例外的な量子状態」の中のさらに例外を除いたほとんどの)初期条件を選んで系を時間発展させることで得られる状態のほとんどは『典型的』である。」
を加えないといけない。清水さんの方の草稿には、「強いエルゴード仮説」として、これに似た(もっと強い)仮定が紹介されている(一般的なエルゴード仮説とは異なり、対象を巨視的変数に限定しているが)。しかし、清水さんもその草稿で言及しているが、これじゃあ「非平衡状態は平衡状態に緩和する」という仮説を、大して変わらない別の仮説を使って言い換えただけに見えてきてしまって、ほとんど旨味はない。
こういうことに関してなかなか深く考える機会はないが、平衡統計力学の基礎付けすら難しいのであるから、況んや本質的に非平衡である緩和過程をやと思った。そして、田崎さんの本はそれでもやっぱりいい本だなあと思った(熱力学の方はHelmholtzエネルギーから入るところがエントロピーから入る佐々さん・清水さんと比べてあんまり好きではないんだけど……でもあっちも網羅的だし、いい本)。
追記。田崎さん本人のコメント(これ以下)で、この批判は誤読だと指摘されています。ぜひご一読ください。
ラベル: 物理